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Dandelion

HP「Dandelion」のブログ。 小説、絵、日記、…などなど、気ままに更新します。

こんばんは、朔元です。

タイトル未定でネタも未定のまま書きなぐってました。
しまった…明日早いのにまだ書き終わらない…
というわけで途中までのせておきます。
唐突に書きたくなったのでオフィスラブ。どうしても使いたかった山手線。
私が書くと年下×年上が多くなるんですけど、それは単に趣味ですw

ではではどうぞ。
「さよなら」
 予感がした。ここで見送ればもう、彼女は戻っては来ないんじゃないかって。
 止めればいいのか、見逃せばいいのか。みっともなく無様にすがって泣き叫べばいいのか、つまらないプライドに従って笑顔を作ればいいのか。どれを選んでもあまりに滑稽で、俺にふさわしいように思えた。でも今俺は、そのどれもを選べずにただ立ち尽くしている。もう最後になるかもしれない彼女の背中を見ている。
「また明日――」
 明日なんて来ませんよ。ねえ、そんなことはアナタが一番よく知っているでしょう。



 入社式で先輩に恋をした。一目惚れだった。
 ほっそりとしたシルエット、ゆるりとアップにした髪、伏目がちな大きな瞳、どれをとっても目を奪われずにはいられない。数日間その姿を追っていると、ぼんやりしているようで仕事はとんでもなくできるということがわかった。そのわりにあまり目立ってはいないのは、大人しいキャラのせいかもしれない。好都合だ、みんなあの人の可愛さなんて気付かなければいい。誰の注目もやましい視線も浴びせずに、俺だけのものにしたい。
 まぁ、まだ付き合えるかどうかもわからないわけだが。しかし同じ部署に配属された時には運命を感じずにはいられなかった。彼女の好きなところなんて、挙げきれない。
「千秋くん」
 名前を呼ばれるのが好きだ(今まで女の名前みたいで嫌いだったけど)。
「ねぇ聞いてる?」
 ちょっと怒った時に上目遣いで睨んでくるのが好きだ(怒られてるのにこういうのも不謹慎だが)。
「おつかれさま、がんばったね」
 一日の終わりに必ずねぎらってくれるのが、好きだ(ああ、とんでもなく)。
 どうしよう。もう一年になるっていうのに、ますます彼女を好きになっていく。三つ年上の、可愛くて綺麗な俺の先輩。仕事ができて気配りもできて、でもちょっとだけ抜けている、大好きな人。
 ああ。俺だけのものに、したい。



「榛名って彼氏いるって知ってた?」
 思わず口の中のものを噴き出すところだった。つとめて平静を装うと、隣に座っている先輩の顔をまじまじと見る。ちなみに榛名さんと同い年の先輩だから、彼女の話がたまに聞けたりしておいしい。だが今回の話は予想外にも程がある。
「えっと、先輩、なんて言ったんですか」
「だから、榛名って彼氏いるらしいって。意外だよな、可愛いけど大人しいから、いないのかと思ってた」
「ど、どこの誰ですかそれ」
「ん、なんか地元の幼なじみとかで? 親も認めてるとかなんとか? うん、俺もよく知らないけど」
「誰かから聞いたんですか?」
「さぁ、女の子たちが噂してただけ。俺も榛名とは最近あんま喋ってないからなぁ」
「へぇー、そう、ですか……」
 先輩にも誰にも、この気持ちは知られていない。確かめるなら自分で動くしかない。噂だけで信じられない、今までそんなそぶりちっとも見せなかったのに、あの人に彼氏だって?
 ああでも、どうして一年も経って、そんな重要な事実が出てくるんだ。
 居もしないカミサマを恨めばいいのか。そんなこと言われたって今更、こんな好きになっておいて、諦められるはずがないのに。



「本当だよ」
 榛名さんの答えは簡潔だった。
 思い切って会社帰りに誘った居酒屋。ガヤガヤと騒々しい店内でその声は特段大きいわけではなかったのに、イヤに脳裏に響き渡って離れなかった。
「彼氏、本当にいるんですか」
「うん、いるよ」
 何度聞いても答えは同じ。冷水を頭から思い切り浴びせられたように寒くてたまらない。
「……好きなんです、よね」
「うん?」
 しつこく食い下がる俺に、榛名さんはぱちくりと瞬きをした。いつも大きい目が更に丸くなって、そんな表情も可愛くて(ああ俺は、何をあたりまえのことを)。きょとんとしていた榛名さんは、やがてゆっくりと微笑んだ。小さな子供に諭すように。
「好きだよ。とても、大切なヒトだよ」
 その笑顔にドキリとした。そしてすぐに陰鬱な闇に呑まれる。何をバカみたいにときめいてるんだ。この笑顔もこのセリフも何もかも、俺に向けられたわけじゃないのに。
「そう、だったんですか」
 もう榛名さんをまっすぐに見られない。顔があげられない。テーブルの上で組まれた榛名さんの白い綺麗な手だけを見つめている。指輪はない。当然か、指輪なんてあったらとっくに気付いてたよ。彼氏がいるって知ってたら、こんな恋はしなかった。こんなに好きにならなかった。こんなふうに溺れる前に、アナタを諦める努力をしてた(さあ、本当に諦められるかなんて知らないよ)。
 苦しくて、息ができなくて、どうしようもなくて。でもこの気持ちを知られるわけにはいかなくて、仕方がないから笑ってみた。タガが外れたように笑ったら、案外あっさりと顔が上げられた。
「……いやー。あっはっは! 知らなかったですよ、榛名さんに彼氏がいたなんて」
「そ、そうだよね。恥ずかしいから、みんなには知られないようにしてたんだ」
「恥ずかしい? なんで?」
「うー、彼氏がいるなんて言ったら、みんなにからかわれるもん」
「あはは、まぁそんなカワイイ反応されたらからかいたくもなりますよ」
「可愛くなんてないよ、でもなんでかみんなからかいたがるの! 会社勤めする前もね、大学で彼氏ができたらすぐに広まって、すごいからかわれてたの。アンタは反応がおもしろすぎるって。ヒドイよね」
「そうですか? 少しくらいノロケて、幸せのお裾分けしてくれたっていいじゃないですか。減るもんじゃないし」
「そ、そうかなぁ」
「そうですよ。俺も、もっと早く知りたかった。……榛名さんの、彼氏の話」
「わ、私は、ぜんぜんおもしろい話なんてないよ。それよりほら、千秋くんモテそうだもん。彼女とかいるんでしょう?」
「いませんよ、そんなの。おもしろい話ができなくてすいません」
「あ、あぅ、そういう意味じゃ……じゃ、じゃあ、好きな人とかは?」
「……あー。次々と傷をえぐってくれますね、榛名さんは」
「いない、の? いるの?」
「さぁどうでしょう。でも少なくとも、俺は幸せじゃないですよ。榛名さんと違ってね」
 アナタとは違うよ。榛名さんには彼氏がいて、確かに側にはいないかもしれないけど、この空の下に間違いなくアナタを護り幸せにしたいと願う男がいるんだ。それはきっとこの上なく幸福な二人だ。宇宙を作る最小の単位は二人だという。二人の人間がいて、その間に確実な気持ちがあれば、それは一つの宇宙だ。世界なんだ。俺なんか土足で踏み込むことのできない、完成された世界だ。
「千秋くん?」
 大きな瞳が俺を覗き込む。
「どうしたの、具合悪いの……?」
 具合は悪いかもしれませんね。アナタのせいで。
「千秋くん」
 アナタの声が好きだった。
 でも今は、ああどこまでも鬱陶しくて仕方ない。その細い首筋ごと、喉笛を握りつぶしてしまいたい。もう二度と俺の名前なんか呼べないように。もしくは、最後に呼んだ名前が、俺の名前であればいい。
「帰ります。お金はここに置いておきますね」
「え、あの、千秋くん」
「今日は俺のおごりです。また明日」
 初めて俺から飲みに誘った。今までは榛名さんが、ちょくちょく飲みにつれてってくれてた。先輩と後輩だし、それが当たり前だったんだと思う。でも俺は嬉しかったんだ。どうしようもなく浮かれてた。いつか俺が彼女に奢ってあげるんだって夢想してた。それがこんな日になるなんて、こんな皮肉がまかりとおっていいんだろうか。運命はかくて残酷だ。
 駅の改札を通って、いつもの電車へ乗り込む。満員の乗客が煩わしい。よくこんな満員電車に乗る気になるよな、と他人事のようにごちた。朝起きて満員電車につめこまれて、仕事をがんばってまた詰め込まれて。これじゃ家畜か、よくてハツカネズミだ。
 数十分揺られて、ようやく降車駅に到着した。ぎちぎちと人の波を縫って出口へ向かおうとすると、後ろから声がした。思わず足をとめた俺は後ろの客の大迷惑になり、彼らは舌打ちしながら俺を追い越して電車を降りていった。俺はといえば、床に縫いとめられた足をどうしても動かすことができなかった。目の前でドアが閉まる。閉まるドアにご注意ください。言われなくても俺は、一歩だってここから動けない。
 ありえない声だったんだ。二度と聞きたくないとさえ願った声だった。でもその声が確かに――俺の大好きな響きで、呼んだんだ。
「千秋くん」
 って。
「あ……」
 振り向くと、そこには彼女がいた。間違いなく、さっき別れたばかりの彼女だった。ひどい言葉をかけて、一方的に居酒屋に置き去りにした、俺の好きな人だった。
「榛名、さん」
「千秋くん」
 ぼうっと目が合う。大きな瞳が綺麗だと思う。じっとそれに見入っていると、きらりと光が揺れるのが分かった。
「え」
 気付いた時には、ほろりと大粒の雫がこぼれていた。俺は顔面蒼白で大パニックだ。あの榛名さんを泣かせた。ふわっとした笑顔が好きで、もし付き合えたら大切に守っていきたいなんて思っていたのに、会社で涙なんて一度も見せたことのない榛名さんを泣かせてしまった。泣いてる顔も可愛いなんて一瞬でも思った自分死んでしまえ。
「す、すみません!」
 どうしようもなくなって、わずかな距離を詰めて抱きしめた。まるっきり衝動だった。我に返ってこれはまずいかなと思ったが、抵抗する様子もない。滑らかな黒髪は顎の下に大人しく収まっていた。榛名さんがいいなら、と自分に言い訳をして、さらにぎゅっと抱きしめる。これは浮気に入るのだろうか。遠恋中の女性を抱きしめるのは、いけないことだろうか。でも抱きしめたい。困ったら満員電車のせいにしてしまえばいい。離したくない。
 小さいな。そして細い。いい匂いがする。可愛い。このまま持って帰りたい。抱きしめたまま寝られたら、とても幸せな夢が見られそうだ。
 わかってる。その思考のすべてが打ち捨てられた流木みたいに無駄で、叶うはずのない妄想だと知っているけれど、それでも。
「……降りるね」
「え?」
「私、次の駅だから」
 いつのまにか三駅も進んでいた。胸元でごもごもと喋る声。顔は見えない。涙は止まったのだろうか。でもその前に、俺はちゃんと謝っていない。
「榛名さん、すいませんでした」
「なにが?」
「泣かせて……なんでかわからないけど、すいません。俺、すごい態度悪かったですよね」
「…………」
 そこにいたって、やっと榛名さんが顔をあげた。たった三駅分の距離なのに、ずいぶん久しぶりの再会のように思えた。潤んだ瞳にドキリとした。聞こえただろうか。あまりにも近くて、彼女のやわらかさを感じて、今すぐにでもキスできそうな距離。これは恋人の距離。本当なら彼女の遠恋中の彼氏が、居るべき距離だった。
 駅に到着して人の波が生まれる。もう離さなきゃいけない。この人は元々俺のものじゃないんだから、彼氏のもとへ返さなきゃ。ああでも、そいつはここにいないのに――。
 見つめっぱなしで何も言えない俺を見て、榛名さんの少しだけ紅い頬がわずかに緩んで、眉は困ったように下がった。やさしい笑み、やわらかな苦笑。形のいい唇がゆっくりと開いた。
「千秋くんなんて、嫌いだよ」
 まるっきりその笑顔からは、想像もつかない言葉だった。鳩にマシンガンを撃ち込むような規格外。
「え、ちょ……」
「さよなら」
「待って!」
 俺の側をすり抜けて行こうとする彼女の腕をとっさに掴んだ。はっと驚いて振り返る頃には、ドアは既に閉まった後。閉まるドアにご注意ください。安心してください、注意するまでもなく彼女は俺に阻まれて動けません。
「もう一周しましょう」
 これは都合のいいことに山手線だ。心配しなくても、再び目的地はやってくる。
 案の定榛名さんはむくれた。でも残念、俺はアナタのそのすねたような顔が大好きなんです。痛くもかゆくもない。少しばかり人が減った電車の中、俺と榛名さんは再び向かい合った。さっきよりも心なしか距離がある。
「千秋くんのばか」
「バカとはなんです。去り際にそんなこと言われて、みすみす逃すほうが阿呆です」
「そんなことって?」
「とぼけないで。嫌いって言ったでしょう。なんなんですか、納得できない」
 榛名さんの顔は未だむくれている。本気で怒っているわけじゃないのはわかるけれど、本気で嫌っていないかどうかはわからない。肝心の部分が謎のままだ。だってあまりに情報が少なすぎる。
「……嫌いは、嫌いだよ」
「なんで? 理由くらい教えてください」
「いやだ、って言ったらどうする?」
「明日からも同じ部署でやってくんですよ。こんな禍根を残すのは嫌です」
「そう、だよね」
 今度はしゅんと落ち込んでみせる。なんなんだ、落ち込みたいのは俺のほうだ。でも、何らかの理由があるのは確かなようだ。言いたくて言ったわけでもなさそうだし。
「ねぇ千秋くん。好きな人、いないの?」
「はぁ? なんでそんな話ぶりかえしてくるんですか。関係ないでしょう」
「いいから答えて、大事な話なの」
「俺の好きな人が?」
「そう」
「どうしてもですか」
「そう、どうしても」
 強い瞳で見つめられると、何も言えなくなってしまう。榛名さんはふわっとしているようで、一本芯が通っている女性だ。こういう時は引かない。それは経験的にわかる。
「……いますよ、好きな人くらい」
 仕方ないから白状した。榛名さんはからかうことはなく、真剣な顔だった。笑い飛ばされると思っていたわけじゃないが、これはこれで不自然な反応だと思う。
「その人のこと、気になるの?」
「ええ、そうです。っていうか、好きです。もう気になるとかいう段階じゃないですよ」
「本気なんだ」
「どうしようもないくらい。おかしいですよね、今までだって付き合ってきた人はいるのに、こんなふうに好きになったことはない。こんなに何を投げ打っても構わないだなんて、なかったんですよ」
 一目惚れなんて言うと聞こえが悪いかもしれない。でも俺、間違ってなかったと思ってますよ。アナタを知っていくうちに、俺の直感は間違っていなかったと確信した。それくらい俺の先輩は魅力的で、それ以上に俺はアナタを好きで、すぐにでも手に入れたくて仕方なかった。
 もう手に入れるのは無理だとしても、榛名さんが好きって事実は変えられない。
 なんで自分の気持ちなのにうまくいかないんだろう。諦められたらいいのに。スイッチをオフにするように、キレイな思い出だけ残して、この行き場のない気持ちだけどこかへ捨ててしまえたらどんなにかよかった。
「私もいるよ、好きな人」
 何を言うかと思えば、榛名さんが放ったのはそんな戯言だった。くそ、ノロケ話なんて聞いても辛いだけだってのに。適当に話題をそらそうとして、俺は目を瞠った。どうせ幸せそうに笑っているんだろうと思った榛名さんは、苦しげなひどく不器用な笑顔を見せたから。いや、これは笑顔なんて呼べる代物じゃない。必死に口角を上げて、それらしく見せようとしているだけ。
「榛名さん?」
「……好きなの」
 ねぇなんで、そんなふうに俺を見るんですか。
「なんで……」
 いつの間にか縮まった、こんな恋人の距離で俺を見上げないでください。勘違いするから。勘違いしていいって思ってくれたって、都合のいい思い違いをするから。
「……あっ」
「彼氏ですよね?」
 頬を挟んで顔をあげさせる。こんな距離、俺だったら許さない。遠恋中の彼女が男にこんなことされてたら確実に浮気認定で半殺しだ。もちろん相手の男を。そんなことを思いながら、都合のいい俺は榛名さんを離すことができない。だってやっとこんなところまで降りてきたんだ。手の届かない存在だと思ってた、彼氏がいるって諦めてたこの人が、こんな息のかかる位置にいるんだ。
「好きなのは、彼氏ですよね」
 期待と不安で心臓が破裂しそうだ。喉元まで暴力的な衝動が出かかってる。今すぐに電車を降りて問い詰めたい。何を思って俺をあんな瞳で見上げたのか聞きたくてたまらない。
「好きなのは、……」
 聞こえない声。小さな唇。早く声が聞きたい。俺の大好きな声が。
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