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Dandelion

HP「Dandelion」のブログ。 小説、絵、日記、…などなど、気ままに更新します。

…なんですよねぇ。困ったものです。

そんな小説を試しにあげてみようと思います。
なんの加筆修正もしてないので不自然な点があるやも知れませんがご了承ください。
本当に小さな小さなころから少しずつ考えていた物語です。
今考え出すものより荒削りで壮大で、なんともまぁ…拙い出来なのですが。
自分探しの一環として☆

《登場人物》
・エルク
主人公。クールを装う二枚目。
この物語で一番に不幸を背負っている。
・ミア
エルク対象ヒロイン。
敬語、料理得意、かわいい、と一見一分のすきもないヒロイン。
・シオン
もう一人の主人公。快活な行動派。
母子家庭で母親を大事にしている。今回新たな世界へと足を踏み入れる。
・リン
シオン対象ヒロイン。
シオンに命を助けられ、なし崩し的に旅を共にすることになる。
・ラティ
エルクとは古くからの知り合い。
いつも笑みを崩さないが、その実何を考えているかはエルクにも不明。
・カレン
エルクの親友。父不在の間、店を一人で切り盛りしている。
エルクもカレンだけにはどうにも敵わない。


…そんな簡易設定の下、はじめます。
「…………」

 ふと、前触れのないことだった。
 ラティは左耳につけたピアスをカチャリと軽く震わせ、顔を上げる。
 空気のように自然な動作に、そばで手に持った書類をめくっていたエルクは反応が遅れた。少しだけ首をかしげると、書類の束を乱暴にラティの机に投げ捨て、彼の様子を伺う。
 ラティがこんな顔をするときは、決まってよくないことが起こる前兆だ。
 普段見せない鋭い眼光に、引き結んだ口もと――
「……誰か、来たな」
 うわ言のように、ラティは呟いた。
 エルクは、やはりか、とため息をつく。『よくないこと』の度合いをはかるべく、尋ねた。
「侵入者か?」
「ああ。ひとり……かな?」
「俺に聞かれてもわからないけど」
「そうだよな。ごめん」
 ラティは苦笑すると、しかしそのまま机の一点を見つめて考え込み始めた。
 怪訝そうに眉をひそめ、エルクはラティの組みあわされた掌を見る。
「……どうかしたのか、ラティ。お前らしくもない」
「いや、何でもないよ。ちょっと調子が悪いみたいだ。悪いけど、確かめてきてくれないか?」
「はいはい。了解しました、ウェルスフォード議長」
 わざと軽い調子で告げたエルクは、足を部屋の出口へと向ける。
 この部屋はあまり気に入らない。空調が効いていて快適なはずなのだが、どうも地下の空気は体に
わないようだ。
 さっさと立ち去ろうとしていたエルクは、湧き出た疑問に半身だけ振り向いた。
「見つけたらどうする?」
 侵入者を。
 主語のない問いに、ラティは微笑して答える。
「エルクに任せるよ。殺したければ殺してもいいし、僕の判断を仰ぐヒマがあるならそうしてくれてもかまわない」
「それも了解。それじゃ、行ってくる」
 閉じた扉の向こうで、足音が遠ざかっていく。
 それを聞きながらラティは深いため息をついた。
 体の底からすべてを吐き出してしまうように、深く。
「……嫌な気色だ」
 それだけを呟いて、ラティはいつの間にか机に投げ捨てられてあった書類を手に取った。




+第1話 侵入者と白銀の魔術師



 街の一角、一件の軽食喫茶。
 その最奥の席で、二人の客が向かい合って座っていた。
 ひとりは少年、ひとりは少女。
 ちょうど昼時という時間帯もあって、喧騒に包まれている店内で、二人の存在を気に留めるものはいない。
 そのことにほっとしながら、シオンは机に片ひじをついて、手の平にあごを乗せた。
「リン、おいしい?」
「そこそこに、ね」
 判然としない答えにも、シオンは満足そうに笑みを広げた。
 リンはさして表情を動かすことなく、もくもくと手元のスパゲッティを口に運んでいく。
 その行動量はシオンの倍以上だろうに、リンに常に話しかけていたにもかかわらず、シオンはとっくの昔に食べ終わってしまった。別段、シオンに早食いの自覚はなかったのだけれど。
 これも『差』なんだろうか、と、ぼんやりと考える。
「……ん?」
 ふと目を移すと、リンの目の前のパスタは異常に赤く染まっていた。
 瞼をぱちぱちとしばたかせてテーブルを見渡すと、小さな小瓶が目に付いた。手にとって振ってみると、軽い手ごたえ。見事に中身は空になっている。
 ぽかんとリンと瓶を見比べてみたが、リンは素知らぬ顔でもはや表面にタバスコしか見えない料理を食べているだけだ。それこそ、水を飲んでいるような平静さで。
 味覚音痴なのはリンか、それとも自分なのだろうか。
 真っ赤なラベルに描かれた不吉な表情をした唐辛子を見て、むむ、としばし唸る。まぁ確かに、料理の味を聞いたって無意味だったはずだ。
「辛くないのかな……」
 彼女の髪が淡い朱なのはこのせいなのかもしれないな。――どういう経緯かそんな的外れな結論に落ちついたシオンは、今度は両ひじをついてあごを預けた。
 この街に入ってから、まだ小一時間ほどしか経っていない。
 すぐに食事をできる場所を見つけたのは幸運だった。
 三日飲まず食べずで走り通して、心身ともにぼろぼろだったのだから。
 ただ走るより、何かから逃げながら走るというのは、想像以上に体力を消耗するらしい。リンはそれほどでもなかったようだが、シオンのほうはふらふらだった。慣れない逃避行に、慣れない長旅。いままでの人生で経験したこともない負荷の連続。
 しばらくはこの街でゆっくりしたい。
 さっさと頭を切り替えたシオンが現実に可能な観光プランを練っているときだった。
 ――突然、店の入り口のほうから壮絶な音。

 がたんがたん。どんがらがっしゃん。

「なんだ!?」
「シオン、ひじをつくのは行儀が悪いわ」
「ああ、ゴメン……って、そうじゃなくてさ! なんの騒ぎだろ、この音」
 シオンが立ち上がって店内部の様子を探るが、客全員が取り囲むように群がっているため、騒ぎの元凶はわからない。行儀が悪いのを承知で椅子の上に立ってもみたが、やはり無理だった。
 それが少し気にしている身長のせいとは思いたくないが、シオンがやきもきしていると、リンは長い睫毛をゆっくりと伏せ、静かに告げた。
「お酒を飲んでいた犯人が注意されて逆切れってトコじゃないかしら」
「えっ、わかるの?」
「わたし、耳がいいみたいだから」
 音も立てずにフォークを置くと、人さし指で耳を示して、淡く微笑む。
 シオンはあははと声を立てて笑うと、ポケットに入れた手の平サイズの小銃、そして腰のベルトに挟んだ警棒を指先で確かめ、椅子の上から勢いよく飛び降りた。
「リン、ちょっと行ってくるな」
「あなたがそうしたいなら」
「ありがと、すぐ戻るよ。リンはゆっくり食べてていいからな!」
 言い残し、シオンは迷わず人垣に突っ込んでいく。
 寿司づめ状態の中、その細身を生かして間を縫うが、なかなか前へ進まない。
「……暑いなぁ」
 のんびりとそんな感想を洩らしていると、騒ぎはますます大きくなったようで、数人分の男の罵声と、店主であろう気の弱そうな声が聞こえてくる。
 急がなきゃ――加速をつけるべく、勢いよく地面を弾いた瞬間、唐突に抵抗がゼロになった。
「ぅ――わッ!?」
 どうやら騒ぎの中心に抜けたらしい。慣性で数歩片足とびをしてしまったが、なんとか踏みとどまる。
 転ばなかったことに安心するのもつかの間、
「誰だァ? このガキは」
 頭上から降りかかってきた声と影に、ゆっくりと顔を上げた。
 強面のオジさん。シオンはそんな第一印象を抱いたが、街に出たら職務質問間違いなしのその風貌は、確かに店で暴れまわっても普通の人間は尻込みしてしまうだろう。丸太のような上腕二等筋や、よっぽどケンカ慣れしているのだろうと感じさせる体中の傷。ケンカをしてもまず勝ち目はなさそうだ。
 シオンは素早くあたりを見渡した。主犯はおそらく、目の前にいる大柄な三人組の男。その向こうに、細身の男性――予想通り当惑している店主が見える。その後ろに、出入り口。取り巻きは三歩ほど下がったところで成り行きを見守っているだけだ。
 きっちりと三人組に囲まれたところで、シオンは思い切り顔をしかめた。
「うっわ、酒くさっ……オジさんたち、昼間から酒飲むなよ! 店で暴れるなんてサイテーだぞ」
「あァ?」
「レストランでは静かにするもんだろ。子供だって知ってるよ」
「キミ……!」
 一触即発の空気に、慌てて店主が止めに入った。
 それでもシオンは止まらない。
「オレは来たばっかりでよくわからないけど、この街はみんなやさしいしさ、料理だっておいしくって、すごくいい街だよ。オジさんたちが騒いだら、せっかくの料理が美味しく食べられないだろ。迷惑かけるなら出て行けよ」
「おいガキ。いいかげん黙れよ」
「黙らない。出て行くのはオジさんたちのほうだろ!」
「――はいはい、ストップー」
 ぱんぱん。手を叩く音に、そちらを向いた。
 ――少女だった。
 背丈はシオンと同じほど。女性にしては高いほうだ。
 キュロットからはすらっと長い足が伸び、長い暗灰色の髪をオレンジ色のリボンで無造作に纏めている。意志の強そうな翠色の瞳もあわせて、とても端整な顔立ちだった。
 呆れ顔の彼女は、シオンと男たちを全く無視して、店主のほうへつかつかと歩み寄っていく。
「災難だったわね、マスター。前も言ったけど用心棒でも雇ったら?」
「いや、でも、カレンさん。それとこれとはまた……別問題ですし」
「同じよ。マスターはちょっとお人よし過ぎるわ。そうやって甘くするから、こういうヤツらがつけあがるのよ。あたしからもエルクに言っておかなきゃダメね。すーぐこんな騒ぎ起きるんだから、やってらんないわよ、もう」
 ――ブチ。
 何が引き金になったのかはわからない、が。
 シオンは、完全に何かが切れる音を聞いた。
「ッ……ハハハハハハハハ」
 突如、壊れた人形のように笑い始める男たち。その存在自体にはまったく恐怖を感じなかったシオンも、流石に背筋にいやな汗を感じる。
 嵐の前の静けさ。
 とっさに頭をよぎったフレーズは、この状況にピタリと合致する気がした。
 三人相手にケンカをして、勝てるだろうか?
「なぁおねえさん、マスターさん、ちょっと下がっててくれない?」
 ――いや、たぶん、無理だ。
 悲観ではなく、冷静に分析して、そう思う。
 ずっと、ケンカなんて無縁の世界で生きてきた。
 はじめて人を殴ったのは四日前。そんな経験の浅さで、この囲まれた不利な状況を打破できるとは思わない。けれど。
 それでもやるしかない。やりたい。
 あの状況で黙って見ているなんて、そのほうが、殴られるよりもずっと嫌だ。
 それに、リンは言ってくれる。『したいことをしろ』と。
 ――これが自分のしたいことだから。
「あたし下がらないわよ、そこのオトコノコ」
「へ?」
 投げかけられた言葉に、信じられない面持ちで顔を上げる。
 カレンと呼ばれた彼女は、にこりと強気の笑みを見せると、歩み寄ってきてシオンのとなりに並ぶ。
 状況を飲み込めないシオンの不安の代わりに、カレンは彼の肩に手を置いた。
「そんなに緊張しなくたって、もうヘーキよ。もうすぐ、アイツがくるから」
「あい、つ……?」
「――手前ェら、覚悟しろよッ!」
 まるで申し合わせたようなタイミングだった。
 三人の声が見事にユニゾンして腕を振り上げ、でも、同時にもうひとつの音が割って入って―――
 シオンが次に感じたのは、頬のすぐ脇を通り過ぎるすさまじい風だった。
 瞬きをする間もない。
 鉛が地面にぶつかるような激しい音が、ひとつ、ふたつ、みっつ。数を数えるのも追いつかないほど、それは一瞬の出来事だった。
 そして静寂が広がる中、その中心に立っていた人影を見る。
「……無事か、カレン?」
 プラチナブロンドの髪が美しい、細身の少年だった。
 高々と振り上げていた足をゆっくりと下ろすと、乱れた髪をかきあげる。そんな仕草が実にはまる、モデルのような容姿。
 言葉を発せずにいるギャラリーとシオンを置いたまま、カレンが不平を口にし始めた。
「無事に決まってるでしょ。それはともかく、遅刻よ、大遅刻!」
「十五分しか遅れてないだろ」
「あたしの中では三十秒以上待たせたら遅刻よ、覚えときなさい」
「急に仕事押し付けられたんだ。今だって仕事で人探しに行くとこだったのに、わざわざお前に断り入れに来たんだからな。ちょっとは感謝しろよ」
「あたしの約束のほうが先だったんだから当然でしょ。それとも何、あんたはあたしとの約束より仕事を優先させるの?」
「そうは言ってないだろ! あーもう、悪かったよ」
 カレンはまだ不満げに少年を一瞥すると、おもむろに周りの客をぐるりと見渡した。
 蛇に睨まれた蛙よろしく、びくっと体を硬直させて自分の席へ舞い戻っていく様は、どこか哀愁を漂わせる。ざわざわと、まるで何ごともなかったかのように、店内は喧騒を取り戻した。
 その眼力に全く動じず、ひとり残っていたシオンは、ふと気にかかっていた疑問を投げかけた。
「なぁ、おねえさんは誰なの? この店の常連さんだったり?」
「ん? あたしは常連って言うより、ここのマスターのお友だちよ。カレンっていうの」
「カレン、かぁ。オレはシオン。さっきはありがとな、オレだけじゃきっと負けてた」
「あたしは何もしてないわ。キミのおかげよ」
「ううん、負けてたってのは気持ちの問題だから。おねえさんが出てきてくれて、すごく勇気が出た。あ、それと! 酔っぱらいを倒してくれてありがとな、おにいさんっ」
 シオンが顔を向けると、少年は隠そうともせず怪訝そうに眉をひそめる。
「……お前は、誰だ?」
「え、オレはシオンっていうんだけど」
「そうじゃない」
 あまりの声の温度差に、シオンは言葉が出なくなる。
「お前は何者なんだって訊いてるんだ」
「……何者、って」
 疑っているのか。
 本能的に理解したシオンは、答えに窮した。
 本当のことを答えて、捕まっては困る。
 しかし本当のことを言わずに、この手のタイプを騙せる自信はなかった。
 自覚しているほどに、シオンは嘘が下手なのだ。
 そしてそれ以上に、目前の男の瞳の、心の底を抉られるような冷たさ――
「シオン?」
 いいタイミング、だろうか。
 はっとなったシオンの背後からリンがすっと現れ、となりに並んだ。
「あ……ゴメンなリン! すぐ戻るって言ったのに」
「ううん、気にしてないから。それより、思ったよりも大変な騒ぎだったのね」
 足元でのびている男たちを見下ろして、リンはそう感想を洩らす。
 シオンはほっとした。根拠はなかったが、リンがいつも通り冷静でいてくれれば、この場も切り抜けられる気がした。
 そうだ、そうやってこの三日間逃げ通したのだ。
 数え切れない大人を出し抜いた。それがいまひとりの少年を相手に、できないはずなどない。
 ぞくりと背筋を這いずるような悪寒を感じ、シオンはとっさにそれ以上の思考を止めた。
 シオンとリンのやりとりを、銀髪の少年は相変わらず厳しい視線で射抜いている。
 口は災いのものとはよく言ったものだ。おしゃべりな自分は、それを一番よく知っている。
 あの少年には疑われている。
 早くここから逃げなければ。
 目の前の少年に怪しまれずに、それをうまくリンに伝える術を持たないシオンが、視線だけを彷徨わせているときだった。
「やめなさいよ、エルク」
 助け舟は、意外なところから現れた。
「この子、ひとりで酔っぱらいの前に出てったのよ。あたしもちょうど痺れを切らして出て行こうとしてたときだったんだけど、言いたいこと言ってくれてすっごくスッキリしちゃった」
「カレン……」
「疑う必要ないわ、言いがかりは止めなさい。すっごくいい子よ? このあたしが気に入ったんだもの」
 カレンは、エルクと呼んだ少年に、にこりと微笑んだ。
 エルクはシオンとリンを一瞥し、もう一度カレンを見たが、彼女が笑顔のままなのを受けてため息をついた。わかった、と小さく告げて、表情を少し和らげる。
 矛先が下りたことにほっとしたシオンは、せめても疑われないようにと、会話を取り繕うことにした。
「カレン、オレのこと気に入ったって、ホント?」
「そう。キミみたいな勇気ある子、めったにいないもんね。そういうの好きよ、あたし」
「わ、なんか照れるなぁ」
「誰にでもそう言うんだな、お前は」
「あら、誰でもなんて言ってないわ。そりゃ、むかーしエルクにも言ったかもしれないけど」
「言っただろ」
「……妬いてるの?」
「誰がだよ、バカ」
「エルクもカレンのお気に入りなんだな。あ、エルクって呼んでいい? いいならそう呼ぶっ」
「……ああ、かまわない。なら俺もシオンと呼ばせてもらうが……」
 エルクはそこでトーンを落とした。
「そっちの子の、名前は?」
「ん? ああ、リンっていうんだ。でもホントの名前は、」
「――あなた?」
 シオンの言葉を、意図的なタイミングで遮った。
 リンはその紫水晶の瞳を冷たく光らせ、エルクのみを見据える。
「この男を倒したのはシオン? それともあなた?」
「それを訊いてどうする?」
「どうもしないわ。それに、聞いているのはわたしよ」
 リンの言葉に、エルクが不敵な笑みを浮かべる。
 肌が粟立った。体中に戦慄が走るほどの、綺麗で、そして底冷えのする微笑み。
「……ああ、俺だよ。小さな侵入者さんたち」
 全身が心臓になったように鼓動が跳ねた。
 まずい。
「なんで!? なんでバレて――」
「シオンっ」
「え」
 また、エルクは、笑った。
「本当に素直だな。カレンが気に入るわけだ」
「ッ……なんで、こんな早くに!?」
「カマかけたのが半分。そうじゃなくても、こっちは情報のエキスパートだ。街のことはすみずみまで把握してる――まぁ、まさかこんなに早く姿を現してくれるとは思ってなかったけど」
 ぎし、と音がするほど歯を食いしばるシオンと裏腹に、リンは表情のないまま、投げかけた。
「わたしたちを殺すの?」
 一番訊きたい疑問。だが一番聞きたくない回答。
 シオンは驚いてリンを見たが、リンはじっと前を見据えたまま動かない。
 じっとりと、嫌な汗が頬を伝う。
 答えが返ってきたら、もう終わりだ。
 戦うしかない。
 シオンは仕方なしにポケットの小銃に手をかける――
「殺さない」
 しかし、エルクの言葉は意外だった。
 言葉もなく瞠目するシオンは、おそるおそる尋ねてみる。
「……見逃す、ってこと?」
「見逃すわけじゃない。でも、まだ……殺さない」
「それはいつか殺すってことかしら?」
「さぁ。それは、俺の決めるべきことじゃないからな」
 エルクの微笑は、どこか遠い。
「――俺の家に来るといい」
 突然の申し出にぽかんと口を開けた。
 じっと彼の顔を見つめても、その真意は見えない。
「部屋は余っているから、好きに使える」
「……オレたちが?」
「そう。泊まる場所も金もないだろう。だから俺が活動場所を提供する。お前たちの事情に便宜を図る」
「それが罠だと知っていても?」
「もしも罠なら、かけてる間に逃げればいいさ」
 言い残すと、エルクはカレンを伴って、カウンターにいる店主のほうへ向かっていった。何やら話し込んでいるらしいので、シオンは声をひそめてリンのそばに寄る。
「罠、なのかな。悪い人ではなさそうだけど……」
「そうかしら」
「うん。カレンのこと、本気で心配してた。だから悪い人のはずないよ」
「……あなたって本当、おひとよしね」
 家にこいとの申し出が罠であるかどうかはさておき、何か事情があるのは間違いないようだ。
 最初にシオンを睨んだエルクは、おそらく本気で殺そうとしていたはずだ。
 しかしリンの登場で、その態度は軟化した。カレンの言葉もあったが、殺さなかったのは彼の意思だ。
 リンの存在に、殺せなかった理由がある。
「逃げられないかな。もっと、もっと遠くへ」
「無理だわ。あの人、普通じゃないもの」
「……普通じゃ、ない?」
「ええ。たとえばその男たちの蹴られた痕。軽い火傷をしたようにただれてるでしょう?」
 リンは瞳を眇めると、さらに続ける。
「それにあのひと、纏う空気が全然違うわ」
 シオンを前に、リンは静かに瞳を閉じた。
「たぶん、わたしと同類よ」






「……止めなかったよな、カレン」
「え?」
 エルクが呟いた言葉に、カレンは首をかしげた。
 店主が保険の明細を持ってくるまでの間、カウンターに寄りかかったエルクはぼんやりと入り口付近のふたりを見つめていた。
 シオンと、リン。
 たったふたりの、小さな侵入者。
 カレンのポニーテールを、ゆっくりと梳きながら、エルクはもう一度言い直す。おそらくは意味のない行動に、カレンは特に言及しなかった。
「俺があの子――シオンを殺そうとした時さ」
「ああ、あれね」
 合点がいったカレンは、エルクに倣ってシオンとリンのほうを見る。
「だって、エルクがあの子を殺すはずないって思ったから」
「どうして?」
「エルクはあの子を殺せないもの。あの女の子が出てきてからは、余計に。違う?」
 カレンが笑って、それにつられてエルクも少し苦笑した。
 手を彼女の髪の毛から離すと、両手をポケットに突っ込んだ。
「……敵わないな」
 ポケットの中、指先にあたる武器の感触に、目を伏せる。
 カレンがいなければ、殺していただろうか。
 この凶器で、あの少年を、いつものように。
「…………」
 ――わからない。
 店の奥から、店主が書類の束を手に戻ってくる。
 司法関係は自分の領域だ。
 面倒なことになったとは思いつつ、表面上すべてを隠して、『ひとあたりのいい笑顔』をつくりあげる。
 それは彼の、得意技だった。

 あの少年は損益などとは何の関係もない笑顔を見せた。
 それがひどく苛立ったのだろうか。
 それとも――安心したのかもしれない。





 それは、ある午後の昼下がり。




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